愛しあってるかい

清志郎氏の訃報は3日の早朝にネットをつけて知った。前日、何かに引きよせられるように手塚治虫展に出かけたのだが虫の知らせだったのだろうか。ジャンルは違えど伝えたいメッセ−ジは同じだったと思う。手塚治虫さんがお亡くなりになった時以来のショックで、「あ〜あ」という気分。
清志郎氏の音楽を初めて生で聴いたのは、渋谷の宮益坂を上り左に折れたところにあった「青い森」という小さなライブハウスだった。自分がまだ21歳前後の事。当時はアンドレカンドレ(現 井上陽水さん)が一番人気で、大学ノ−トに書き込んだビ−トルズナンバ−や自作曲を歌っていた。フォ−クデュオで歌っていたのが清志郎だよと、一緒に行った友人が後で教えてくれた。あんまり印象には残らなかったのだ。
約8年の空白期間後、ビ−トたけしのオ−ルナイトニッポンが始まり、盛んにかかっていたのが「トランジスタラジオ」、RCサクセションというバンドでボ−カルがあの忌野清志郎だったのだと、その時記憶が繋がった想い出があります。1968年前後、空前のGSブ−ムだったのだが愛だの恋だの絵空事の曲ばかりだったので、当時高校生だった自分の気持ちをこんなに生な感覚で代弁してくれた楽曲は衝撃的だった。レコ−ドはせっせと買っていたものの、コンサ−トに足を運ぶことは一度もなく、引きこもり系ファンだった。
懐かしくてレコ−ド引っぱりだしてステレオで聴こうとしたのだが、アンプの調子が悪くて聴けない(人生とはそういうもの?)。でも今はYou Tubeで画像をダウンロ−ドして楽しめるので便利な時代になったものです。知らない曲のライブもいっぱい聴けてよかった。でもこんなに便利になってよいのだろうか?、昔の少ない情報を想像で膨らませていたあの頃が夢があって良かったなア。
僕の過去の画像に登場するアトムですが、自分と年齢がほぼ同じなので使っている。30年以上前、アメ横のディスカウントショップの路上にダンボ−ル箱に入れられ叩き売りされていました。今ではとってもカワイイ奴。守護神にしている。
この歳まで生きているとね、孤独感なんてあって当たり前、挫折の1度や2度、いや5度や10度あるのが人生のデフォルトなんだと解ってくる。腰が痛いの膝が痛いのと身体はガタきているが、そこそこ健康で、変な宗教にも邪魔されず何とかしのいでいるのもロックミュ−ジックや漫画で学んだ結果なのだと感謝。自分を貫き通すのは大変だが一番大事な事だが難しいなあ・・・と。
これからも作品聴き続けていくし、心の中にはいつまでも生きているので、とても死んだなんて信じたくない気分。


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